―城見ヶ丘の扉が今、開かれる。
屋代線乗って帰ってきて物凄い勢いで思ったことを書く記事
何故か時間がなくなってきたので、とりあえず本店から更新w
休暇を取ったら雨が降っちゃいましたけど、出かけてきました。
多分、当方にとっては最初で最後の乗り鉄です(´∋`)
その路線とは、長野電鉄屋代線。今月末で廃止が決まっています。
日程的にもお財布事情的にも、今日乗ったらもう次は乗れないだろうと・・・。
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電鉄だけあって、勿論電車です。「都市間輸送」にお金を費やして出かけるということを考えると、どうしても「気動車の方が乗りたいなぁ・・・」と二の足を踏みがちなのですが(ダメジャン)、エイヤッと行ってみました。

今回は初めて乗りに行って、(電車だけど[ぉぃ])
「もう一度乗ってみたい!」と思えるかどうか試してみました。

答えは・・・YESでした。





地図からは想像もつかないのですが、車窓の眺めが予想以上に良かったです。ちょっと丘陵地帯っぽい所(あの地形は何て表現したらいいんでしょう?日本語力を下さいorz)を走っています。高い建物が沿線にほとんどないのと、街と街の間に程よく田園地帯があるお陰なのか、道中では戸隠方面の山々をハッキリと見ることができました。えーと、両毛線(前橋~桐生の途中辺り)とか上毛電鉄とかの車窓を思い出させるような眺めでした。

黄色いレールバスに乗っていると良くやるショットをやってみました。天気が悪くてもこんな感じですから、晴れていたら更に絵になったでしょうね。
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片道40分程度で、黄色いレールバスの路線と同じくらいの所要時間でした。途中下車を何回かしていたのもありましたけど、全然飽きませんでした。乗っていて楽しいと思える風景が広がっていました。

観光資源的にも、屋代線の方が豊富な部分がありますね。松代の界隈は特に。当方は歴史大好きでもないので通りがかっただけでしたけど(ぉぃ)

が、ウロウロしていたら公園で童謡の歌碑を見つけて興味津々(・∋・)♪
「みかんの咲く丘」の作曲者と、「汽車ポッポ」の作曲者は松代町ご出身だったそうですよ。と、いうことは・・・彼らは屋代線(当時は河東線って呼んでいたんでしたっけ?)を見て育ったのかもしれません。それにしても、ある意味「汽車ポッポ」発祥の地から鉄道が消えてしまうのは何とも悲しい話ですなぁ・・・。

象山神社にお参りした時に沢山の絵馬を見ました。「松代高校合格祈願!」とか書いてあるんですよ。合格すると良いね!と思いつつも、この絵馬を書いた子達はバス通学になってしまうのだろうかと思うと・・・。

須坂から屋代行きに乗った時、15時台ということもあってチラホラと高校生の子達も乗って来ていました。やっぱり胸が痛みました。この路線がなくなった後も通い続けるであろうこの子達、一体どうなってしまうのでしょう。そりゃ代替バスは当然できますけど、完全に今まで通り何の不便もなくってことは考えにくいです。多少は道が混んだりするかもしれませんし。(鉄道がなくなるとみんな集中するでしょうし)

バスには乗りきれないからと、自転車通学を始める子も出て来るでしょう。チャリンコを漕いでいる時は本で勉強なんてできませんから、貴重な時間を通学に費やさなければならないことを考えると、大げさな事を言えば学力向上の観点でも良いとは言えないんじゃないかなぁとか。(チャリは体力作りには良くても)
前にも「い鉄子」で十和田電鉄ネタで書きましたが、この子達から通学の足を奪う大人たちの責任は重いですよ!

そんなこんなで今日乗りに行っていて、複雑な心境でした。

当方は高校時代は高崎線で浦和まで通学していましたが、何の不便も感じませんでした。ましてや自分の乗っている路線がもしもなくなったら?なんてことも全く考えた事がありませんでした。(まずありえなそうですもんね)。だから今もなお、自分の乗っている路線がもしも廃線になりそうだったら?という事をリアルに想像できないんです。んもう、都会人って困ったもんですねorz

そんな当方にとっては全く想像もできないような事態に、あの子達は直面しているという事。これは紛れもなく現実です。途方もなく残酷な現実。その途方もなく残酷な現実からあの子達を守れるのは、沿線の大人達のはずなのですが・・・もっと突き詰めて言えば沿線の自治体なはずなのですが。何だかなぁ。

だけど、沿線の自治体や住民(+運営会社)が全部悪いかというと、そうではないと思います。
ローカル線をこよなく愛する人々(当方も含めて)が、余所者としてうまく一石を投じられなかったこともあったのではないかと。今更ながら思うのです。

いすみ鉄道の場合、沿線住民も自治体も元々残す気でやっていて、あともうひと押しが欲しい!という所でお師匠様(誰)や忍者様(誰)や当方(特に何もしていませんけどw)のような余所者が新しい風を吹き込めたことが大きかったのかもしれません。

それが「乗って残すだけじゃダメだよ!」と話したお師匠様(誰)に対して、キョトンとして終わってしまったか、おもしれーじゃんお前wwwで進んでいったかの差だと思います。

まぁそこは人にもよるのかもしれませんが、それでも。余所者は余所者として沿線の方々に自分の感じたものを伝えていく役目があると思います。そこが上手くいっていたなら、もっと変わる余地はあったのかもしれないと。そういう意味では余所者にも「この一件」は責任があるのではないかと。(だからってどうやって責任取るんだ?というのを聞かれても困りますけどwww)

うは、話の収集がつかなくなって参りましたw

屋代線最後の乗車。信濃川田駅から乗る時、とても悲しい気持ちになりました。
今まで馴染みのない路線でしたが、もうダメですウワァァァァン(;∋;)

当方は、いすみ鉄道でこんな思いは決してしたくないです。これからもずっとずっと。
そう思いながら車窓をずっと見ていました。


信濃川田駅界隈をウロウロしているとき、いすみ鉄道沿線でもよく見かける「スプリングポイント」を見つけました。
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「俺たちの分も・・・生き延びてくれ!」そう伝えてくれと、聞こえたような気がしました。
はい、次に訪れたら必ず伝えます(´∋`)

この線路だって巡り巡れば、いすみにつながっているんですよ、確か。
静かに永い眠りにつく鉄路に、ニワカながら感謝します。
ローカル線を応援するものとして、一度は知っておかなければならない現実。
心に留めてこれからも地味に活動していきたいです。。。(´∋`)

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by CHABO-online | 2012-03-05 23:08 | どっかへ行った。 | Comments(0)
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